日銀の金庫ってどうなってるの?
日銀の金庫の扉すごい!さすが日銀だわ。
1000億分のダミーの札束って言うのもすごいなぁ〜
ダミーでもいいから部屋に撒き散らして寝転がってみたいです(笑)
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扉は厚さ90センチ25トン…日銀の金庫って?
「紙幣が山積みになっている」「金塊がある」…。うわさは聞いたことがあるけれど、どうもイメージがわいてこない日本銀行の「金庫」。「通貨の番人」の心臓部は、どんな風になっているのでしょうか。
東京都中央区日本橋本石町にある日銀本店。警備会社のトラックが頻繁に出入りしています。市中の金融機関などから現金が運び込まれたり、運び出されたりしているのです。
特に、ゴールデンウイークを控えた4月下旬や、年末といった市中で預貯金が引き下ろされる時期の前には、日銀から何兆円ものお金が金融機関に運び出されます。
日銀の重要な役割のひとつが「発券銀行」としての役割。国内で紙幣(日本銀行券)を発行できる唯一の銀行として、国立印刷局で刷られた新しい紙幣の発行から、使えなくなったお札の処分まで「紙幣の一生」を管理しています。
ちなみに、100円玉などの貨幣(コイン)も日銀から世の中に出回りますが、こちらは造幣局で作られ、発行は政府が行っています。
日銀本店内には数カ所に金庫があり、このうち1896(明治29)年に作られ、2004年まで使われていた「旧地下金庫」が一般にも公開されています。レンガ造りの旧金庫の総面積は、なんと1426平方メートル(野球のダイヤモンドの2倍)、関東大震災にもびくともしませんでした。
圧巻は1932(昭和7)年に設置された金庫扉。米ヨーク社製で、扉の厚さは90センチ、重さは25トン。開け閉めには、複数の大人の力が必要です。
扉の取り付け後に、日米は戦争に突入。ヨーク社の社長は「もし故障でもしたら面目ない」と心配したようです。そのため、ヨーク社の社長の息子が敗戦後に日本を訪れ、扉が正確に機能しているのを確認しにきたという話があります。日銀では「金庫職人の責任感の強さ」を示すエピソードとして伝わっています。
金庫内には、中心にたどり着くまでにさらに、英ホッブスハート社製の扉(厚さ10センチ)、日本の山田金庫製の扉(厚さ10センチ)があります。周囲に米国、英国製の扉を利用しても、一番の中心部はやっぱり日本製なのです。
もちろん、泥棒が入ったことは一度もありません。
旧金庫内にはダミーの札束の山の展示もあります。すべてが1万円札だとすると、1000億円分に相当するといいます。
この光景は現在、実際の紙幣が搬出入されている別の金庫でも同様です。紙幣以外にも、貨幣、有価証券や金塊が収納されています。
日銀の金庫は、東京の本店だけにあるのではありません。経済活動が円滑に進むように、全国の支店にも置かれています。
全部でいくらの紙幣が眠っているのかは公表されていませんが、「大災害などの緊急事態があっても、経済活動が支障をきたさない量は確保されている」(日銀)といいます。
実際、阪神大震災の時にも、当時の日銀神戸支店や、近畿財務局が災害状況を踏まえた機敏な紙幣供給などを実施。金融パニックが起こらずに済んでいます。
ちなみに、地下金庫などを含む見学は予約制で、月〜金曜日の公開。原則中学生以上。問い合わせは日本銀行情報サービス局((電)03・3277・2815)です。(IZA)
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